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2010年1月

2010年1月26日 (火)

大きくなったね

ほとんど毎日通っている、NICUでは最近

「竜ちゃんも、虎ちゃんも大きくなったねぇsign03
こんなに大きかったっけshine

と、言われることが多くなってきました。

竜ちゃん1,850g

虎ちゃん1,780g

確かに大きくなりましたhappy02heart04嬉しいことです。

そして、やっぱり一卵性の双子!
顔がそっくりだと言われることも多いです。

今では体重差もあまりなくなってきてしまったので、
退院してから、どっちがどっちだか
判らなくなってしまうのではないか。。。
と、旦那と話しています。

何か違いがないか(ほくろとか)探すのですが。。。

そんな中、虎ちゃんの右耳の顔との境辺りに突起を見つけました。

できものとも違い、柔らかい5mmぐらいのものです。

これで見分けることができるものの、
この突起は今後も大きくなるような気がして
虎ちゃんにはちょっとかわいそうsweat02

そこで今日、小児科の先生が
ちょうど話しかけてくれたので聞いてみたところ

副耳(ふくじ)というものだそうです。

赤ちゃんの何%かにはこういう突起がある子がいるらしい。

これは、外科の先生が糸で縛って取ってくれるとのことでした。

これでまた見分けるポイントを探さなくてはいけなくなりますcoldsweats01


話しかけてくれた小児科の先生も、今は竜ちゃんにも虎ちゃんにも
特に言うことはない!という感じで、
順調に大きくなってくれているようです。

むしろ、

双胎間輸血症候群のリスクをよく乗り切ってくれたsign01

と、言ってくれました。

そうか、この子達は産まれてから
ずっとずっと頑張ってくれているんですね。偉いなぁ。

本当は家に連れて帰りたいし、
搾乳じゃなくて授乳で直接母乳をあげたい。。。

たくさん思うことはあるけれど、
こんなに頑張っている子達にあれこれ望みすぎは良くないですね。

ゆっくりゆっくり、少しずつできることが増えていくよう
見守りたいと思います。

そして、いっぱいいっぱい褒めてあげないといけないな。

ここまで大きくなってくれてありがとうclover


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2010年1月21日 (木)

生後1カ月

Nezumi 双子ちゃんが誕生し、
明日で
1ヵ月になります。


なかなか2人のことを書けなかったのですが。。。
決して2人の状態が悪くて書けなかったわけではありませんsweat01

毎日3時間おきに搾乳し、子供のいる病院まで片道1時間。

面会は3時間で。。。

と、いう日々を送っていると
あっという間に時間が過ぎていっちゃいますbearing

まず2人の名前ですが、

第一子が竜(りゅう)ちゃん

第二子が虎(とら)ちゃん

と、いいます。
(本名はこれに+二文字を付け足しますがcoldsweats01

竜虎で、優劣のつかない2人の英雄という意味です。

あとは、まだまだ小さな2人。
大きく強くなってねcloverという願いも込めて。

そして、ここ1ヵ月で
2人とも大分状態が落ち着いてくれました。

竜ちゃんの方が、
双胎間輸血症候群(TTTS)の影響で
呼吸も消化器官も不安定。。。ふらふらした状態でしたが、
産まれて半月ほどでTTTSのリスクを回避sign01
点滴も全て抜け、
鼻に酸素マスクの様なものをあてがわれているものの
身軽な状態になりましたnote

その後、急成長を見せ、
弟の虎ちゃんに抜かれるかと思われた体重も
今や1364g→1,680gにconfident

大分力強くなり、足と手の力だけで
ブリッジしながら寝ているマットの外へ行ってしまうぐらいです。

虎ちゃんも急成長を見せてくれ、1,196g→1,590gになりましたshine

虎ちゃんは、鼻につける酸素マスクは
夜中の1時から朝9時までで、
それ以外の時間は何もつけていません。

ミルク前になると、お腹が空いて
すごく泣いたり暴れたりするそうです。

竜虎ちゃんともに、今はミルクを吐いたりすることもなく
約30cc×8回を毎日飲めるようになりました。

2ccしか飲めなかったときに比べて、
たくさん消化できるようになり、嬉しい限りheart04

ただ、まだ未熟なことに変わりはないため、
無呼吸発作を繰り返している状態ですdespair

心配ではありますが、今はまだ本来33週。

37週頃までには殆ど治るようですし、
予後も良いそうなので
早く肺とか気管が成熟するのを見守るしかないです。

また、私の母乳も少しずつ出が良くなり、
退院時は20cc出れば良い方だったのが
今は50~100cc出るようになりましたnotes

搾乳疲れで肩と二の腕と指が痛みますが、
2人分頑張らないと!という思いで搾り続けています。


そういえば。。。
産後に検査に行かなければいけない、
膠原病内科にはまだ行けていませんsweat02

早く行かねば!と思いつつ、
ついつい後回しになって子供たちの病院へ向かってしまいます。

竜虎ちゃんが産まれる前は、
自分の命はどうなってもいいから産みたい!
と、思っていましたが、今は、
自分も健康でいないといけない!
と、いう思いが強くなりました。

この子達の成長を見守りたい。
家族として、一緒に生きていきたい。

来週は私の1ヵ月検診hospitalがあります。
それぐらいには、膠原病内科にも検査に行く予定。

産後に悪化すると言われている膠原病。
数値が悪くなっていないといいけれど。。。

手の関節とかが痛むのが初期症状として多い
と言われますが、
搾乳し過ぎで手の関節は常に痛いですsweat01

膠原病なのか、ただの腱鞘炎なりかけなのかも不明なところ。

自分の体も大事にしなければいけませんねsign01


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2010年1月15日 (金)

手術後

(前記事の続き)

帝王切開術翌日、
夜中にも痛みどめの注射を打ってもらったせいか、
痛みはあまり感じませんでしたcatface

こんな状態なら起きられるかもsign01
と、思っているうちに旦那が病院に到着。

そんな中、お腹を下したような痛みが出てきて
急にtoiletトイレに行きたくなりましたdash

手術翌日の回復目標は、

車椅子でNICUに入院中の子供の面会に行く

ということでしたし、尿管をつけた状態なので
トイレには行かなくてよい状態なのですが。。。

歩けるような気もしていたので、
看護師さんと旦那に「トイレに行ってみる」と告げました。

トイレに一人で行けるようにする!は、次の日の目標でしたが、動けるならどんどん動いた方が良いという看護師さんの言葉に押され立ち上がることにしました。

立ち上がって気付いたのは。。。

私、立てない。。。

と、いうことですcoldsweats02

背中をまっすぐにして立つことができず、
かなり曲げた状態でやっと立てるぐらい。
手術で切られたところがかなり突っ張っていました。

(後日看護師さんから聞いたのですが、私は帝王切開で
おへその下からお腹をザックリ縦に切られています。
それにしても広範囲で傷の痛みや突っ張りがあるなぁ
と、思っていたら、
表面の皮膚は縦に切っているだけだけど、
子宮は横や縦や双子だから十字に大きく切られているかもsign02
と、言われましたdespair
皮膚と子宮は別々の切られ方をしているんですね。。。
知りませんでした。
傷の痛みは、ほとんどが(収縮の痛み以外は)子宮を切られた痛みだから表面の皮膚で見える傷とは痛みが一致しないそうです。)

トイレまでたった数歩のところ、
すごい時間かけ、痛みに耐えてたどり着いたのに。。。
結局お腹を下したような痛みは気のせいだったようでsweat01
何事もなくトイレから出ようとしますが、
痛すぎてすでに動けない状態になっていました。
もちろんトイレの中でナースコール。。。

その後、子供の面会に旦那と行きましたが、
wheelchair車いすに座っているのもお腹、腰ともに痛くて苦しいbearing

本当は子供たちにずっと会っていたかったんですが、
数十分で「限界です」と、伝え病室に帰還しました。

無理にトイレに行ってしまったことで
腹痛等を悪化させたように思います。

やっぱりその日の回復目標以上のことを
先走ってやってはいけないと実感しました。。。

その次の日は尿感がはずれ、
トイレにすごい時間かけて行くようになりました。

ただ、子供の面会はまだ歩いてくことはできず、
看護士さんに車椅子を押してもらいました。

歩いて面会に行けたのはその翌日、手術から3日目からです。


そして、出産直後からずっと
私の大仕事となっていることがあります。

それが搾乳taurus

出産翌日から、搾乳をするように言われ
注射器型のスポイトを渡されました。

赤ちゃんが小さいので、
母乳を少しでも飲ませてあげた方がいいと言われ
搾乳の仕方を教えてもらうも。。。
どんなに搾っても、少しにじむ程度sweat02

出産2日目には、その”にじみ”すらなくなりました。

私は29週という早産だったため、
母体も母乳を出す準備ができていないのだと教わりました。

30週半ばぐらいから、体が「もうすぐ母乳が必要だよ~」と、
準備を始めるそうです。

なので、私が母乳を出すようにするには、
ものすごい努力をしなくてはいけない。
赤ちゃんもまだ小さくて吸ってくれないしbearing
とのことでした。

とにかく刺激し続けなくてはいけない!
看護師さんによる痛いマッサージと、
電動の機械による刺激を3~4時間おきに繰り返しましたwobbly

その結果、手術3日目ぐらいから、0.1cc、3cc、5cc、10ccと、
少しずつ母乳が出るようにshine

夜中nightに起きて母乳の出ない胸を搾り続け、
お腹は痛いthunderわ、寝不足だわ母乳は出ないわ、
産んだのに赤ちゃんと一緒に居られないわ。。。
何だかむなしくて、weep泣きながら行っていたこともあります。
更に、しょっちゅう強烈な不安感typhoonに苦しんでいました。
搾乳をするとなぜか不安感が大きくなります。
なぜだか判らないけど。。。


搾乳は1回30分~1時間かかり、
肩も手も痛くなってきてぐったりしていると
またすぐ次の搾乳の時間がやってきます。

そして、搾乳と搾乳の合間に先生の診察や
看護師さんによる検温、NICUへの面会、
栄養指導等の受けなくてはいけない説明会もありました。

こんなことを繰り返し、忙しくしている間に日が経ち、
出産から8日目に私は退院したのです。


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2010年1月11日 (月)

子供たちの産まれた日

Tora

(遅いけれどcoldsweats01)明けましておめでとうございます。
読んでくれている方々にとっても、
今年1年が良い年になりますようにclover

私は退院後も、Untitled
わりと忙しい日々を送っています。

入院中はすぐ近くに居た子供に会いに行くのに、
今は片道rvcar1時間ほど。

車の運転もしてはダメだと周囲から止められ(当たり前かな?)旦那が仕事の時は父に頼んでみたりと、誰かに頼っての生活です。

本当は、面会時間いっぱいの3時間毎日会いに行きたいのですが。。。なかなか難しいbearing

とにかく毎日何度も母乳を絞る日々です。


忘れないうちに、出産の詳細を綴っておきたいと思います。

私が入院していた約1カ月。
ずっと4人部屋に居たのですが、周りの方々ととても仲良くさせてもらいましたconfidentありがたいことです。

最初に入った時、私以外は切迫早産の方ばかりで入院も長くされている方ばかり。色々なことをおしゃべりして日々を過ごしていましたが、一人、また一人と緊急で帝王切開になり回復していく様を見ていたので。。。私は、

「こんなものなんだな、うん、全然余裕note

と、出産に対して甘い考えを抱くように。。。

そして急に決まった自分の出産。

旦那と母、妹が手術前から駆け付け、
手術室まで普通にみんなで歩いて移動。

母と妹はものすごく心配そうにしていましたが、

「大丈夫だから、待合室で待ってて~。」

と、私は軽い感じでした。

手術台に上がり、まず腰椎麻酔を打つための麻酔を背中に打ちました。今日唯一チクッとする瞬間だと言われた通り、その後打った腰椎麻酔の脊椎に打つ注射は全然痛くなかったです!麻酔科の医師も、鈴木杏樹似の美人さん。手術中はこの方とずっと話をしていました。

麻酔が効き始め、足の感覚が無くなった頃手術開始sign01

麻酔って不思議ですね。。。
痛みはないもののお腹の感覚は全てありましたsweat01

押されてる~引っ張られてる~と、何かされている感覚に耐えつつ10分ぐらいで破水。

パンパンで苦しかったお腹が、
ふっと軽くなる感覚がすごく印象に残っています。
(後で聞いたら、出た水分(羊水+α)で4kgはあったそうです。)

その直後に第一子誕生。

麻酔科医の先生に「一人目産まれたよ。」と、声をかけてもらいましたが、産声が聞けたのですぐ判りました。

小さい赤ちゃんのため、泣かないのでは?と思っていたので、ものすごくホッとしてうるうる。。。

そうしている間に、1分後お腹を押されたと思ったらすぐ第二子誕生。
産声は相変わらず一人分な気がして麻酔科医の先生に、

「二人目って泣いてますか??」

と、聞いてしまいました。
(結局泣いてはいませんでしたが。)

この後急に自分の体調が悪化。

下半身が動かないことと、胎盤を出したり子宮を閉じたりとギューギュー押され、引っ張られていることで、とても強い不安感が襲ってきました。麻酔科医の先生とは事前に、そうなったら眠らせる薬を使うということになっていたので、その不安感を訴えると、

「もう少しで子供に会えそうだからそこまで頑張れる?」と。

手術している横で、子供の状態確認やら呼吸確保やら色々やっていたようで、なかなか連れてきてもらえませんwobblyその間にも不安感はどんどんつのっていきましたが、麻酔科医の先生が、

「もう少しで来るよ、頑張って。
あっ、もう来る来る!あとちょっとだよ。」

と、ずっと励ましてくれていたのでどうにか耐えていられました。

そして最初に第二子と対面shine
その小さな手に触れて感動していました。。。が、第一子がなかなか姿を見せてくれませんsweat02

結局、第一子はすでに保育器に入っており、

「みふぃさん見える??この子が長男さんだよ~このままNICUで預かるからね。」

と、見えるか見えないかで連れて行かれました。体重の大きな第一子の方がなぜ保育器?第二子は看護士さんに抱かれてたのに。。。と、不安になりながらもようやく麻酔で眠ることができました。子供たちがお腹から出てから、麻酔で眠るまでの間本当に苦しく、とても長い時間に感じられた気がします。
気が付いたら部屋へ運ばれているところ。

その後、部屋で旦那と二人、
相変わらず続く強烈な不安感に耐えていました。

旦那は、

「みふぃは本当にここまでよく頑張った。偉かったな。」

と、ずっと私を褒め続け、ちょっと泣きそうな顔をしていました。

そして数十分後旦那は、子供の状態の詳細を小児科医の先生から説明を受けることになり、一人でNICUへ。

私は、睡眠効果のある痛み止めの注射を打とうかという話になりましたが、子供の状態を聞くまでは寝ない!と、意識を保っていました。
ただ、この間どんどんお腹が痛くなりthunderふらふらの状態だったと思います。足が徐々に動かせるようになったので、それと同時に不安感は消えていったのでまだ耐えられたという感じです。

30分ほどして、旦那が

「みふぃ!子供は大丈夫だ!安心しろ!!」

と、言いながら戻ってきました。

その後手術中に父と、義父母も集まってくれていたので、みんなと少しだけ面会し声をかけてもらった後旦那も帰宅。

痛み止めを打ってもらい少し寝ました。
この注射が本当に良く効いたようで、私はまたこの時、

「痛みってこんなものか~」

と、勘違いをしたのでした。

(続く。。。)

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